思い立って、新潟県糸魚川市にあるヒスイ峡へ出かけてみた。大町市から白馬村、小谷村を経て糸魚川市へとぬける国道148号線を走り、新潟県内に入ってから小滝川の上流に向かって進んだ。山道をしばらく行くと木々の間から霧のかかった威容な岩盤が目の前に迫ってきた。霊気を漂わせたその迫力にたじろぐ。
この山は明星山(みょうじょうさん)といい、この岩盤直下付近から上流の土倉沢との合流地点にわたってヒスイの岩塊が散在していることを後で知った。
ヒスイは約7000年を遡る縄文時代から人間との深い関わりがあり、古来より不老長寿など霊力、生命の象徴として珍重され、勾玉(まがたま)や大珠(たいしゅ)などに加工されたものが全国の遺跡から出土していると言う。ここ糸魚川地方は、日本随一のヒスイ産地として、長者ヶ原遺跡をはじめ縄文時代にヒスイの玉や蛇紋岩の石斧を大量に生産して日本列島各地に供給した集落跡が数多く存在していると言うことだ。
『古事記』には、この糸魚川市付近を治めていた豪族の娘、奴奈川姫(ぬなかわひめ)に大国主命が出雲の国から求婚に来たという神話が記されており、ヒスイを生産したこの地方が注目されていたことを示している。北安曇郡白馬村から糸魚川市をぬけ、日本海に注ぐ姫川の名称はこの奴奈川姫に由来するそうだ。
ところで安曇野を拓いたといわれる安曇族は6世紀ころ日本海から糸魚川を経て、姫川沿いに南下し、有明山の麓に辿り着いたと言われる。この安曇族たちがヒスイを求めてこの地方にやって来たという説もあるようだ。
明星山から高浪の池に廻ってみた。4mはあろうという巨大魚が生息するという神秘の池の前は美しい芝生となっていて、何組かのグループがバーベキューを楽しんでいた。つい先ほど真近で私を畏れさせた、その池から望めるはずの明星山はすっかり霧の中に隠れてしまっていた。