池田町立美術館、創造館を擁するクラフトパークは、広大な敷地をゆったりと散策でき、北アルプスの眺望も抜群である。
そのクラフトパークの一角に「きけわだつみのこえ 上原良司の碑」が建立されている。建立の趣意として、次の通り記されている。
「今から60余年前の第二次世界大戦において 多数の国民が戦争に駆り出され 祖国・故郷・家族のためと信じつつ 自由で平和な時代の到来を願いながら戦い 無言で逝った その多くの戦没者の思いを代弁したとも言うべき 突撃前夜に上原良司が書き残した『所感』の一節をここに刻み そのメッセージを次世代に伝えるべく 生誕地・池田町にこの碑を建立する 平成十八年九月二十七日 生誕地・池田町に上原良司の碑をつくる会建立」
上原良司氏は、1922(大正11)年9月27日池田町大字中鵜鵜山で生まれている。その後、穂高町有明にて家族と過ごし、慶応義塾大学在学中に、学徒出陣。1944(昭和19)年9月、特別操縦見習士官となり、翌年5月、特攻隊員として出撃。沖縄沖のアメリカ艦船に突撃し戦死を遂げた。
その出撃の前夜、その「所感」は書かれた。碑に刻まれた抜粋には、次のように記されている。
明日は自由主義者が一人この世から去っていきます
唯願わくば愛する日本を偉大ならしめられん事を
国民の方々にお願ひするのみです」
この言葉の意味をもっと知ろうと、上原良司著 中島博昭編 『ああ 祖国よ 恋人よ』(信濃毎日新聞社)を読んだ。
この「所感」にこめられた上原氏の深い思想、軍国主義、全体主義に決して屈服しなかった自由主義思想の重みを学んで、言い知れぬ感動を覚えた。
戦後を生きている私たちは、上原氏の問いかけを果たしてしっかりと受け止めているのだろうか? 60年目を迎えた「憲法記念日」の今日、平和の意味をしっかりと考えたいものである。
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